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No267 ベッドと枕

私はもう人生の60%をフランスで過ごしているので、大抵のことにはメンエキができているのですが、それでもまだ2,30個は許せないことやなじめないことがあります。その1つ(でしかもかなり重要なこと)に、"寝床"のことがあります。これは別にフランスだけの現象ではなく、西洋風ベッドで寝る人(場合)のすべてにかかわる私の疑問です。
ベッドの事はフランス語で"Lit(リ)"というのですが、"リ"は"ベッド"と同じように毎日"作る"ものです(英語でも"ベッド・メーキング"って言いますよね)。すなわち、毎朝とかあるいは夜寝る直前にシーツと毛布をギュッと引っ張ってマットレスの下に引き込む儀式のことですが、このような寝床に滑り込む私たちの肉体は、よほど平たくない限りすっごくペチャンコに圧迫されますよね。特に両足の先は、背伸びでもするように(バレリーナのように)平たく倒さなければなりませんが、これって苦しくて足がつりそうになりますよね。で、私は両足をばたつかせて左右と足元のシーツと毛布を思い切りマットレスから引き出してから眠るのですが、フランス人はどうもこんなことはしないようです。
それともう1つ、"枕"も西洋風のやつって許せないですよね。異常にでかくて四角いやつとかフワフワすぎるやつとかベッドの端から端まである長いやつとかありますが、ま、ロクなものはありません。三つ折りにしたり二つ重ねたり(長いのは)半分ベッドから下に垂らしたりして、加工しないと使いものにならないと思うのですが、これらもまたフランス人は文句も言わず使用して、ちゃんと眠れているようなのです。
やはり彼らは何かにつけて"ドンカン"なのだと思うのですが、"ドンカン"こそ幸せの第一歩なのかもしれませんね。


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No266 パリ万博の華

日本人て、オリンピックとか万博とかプロレス好きですよね。
お祭り好きの日本人は江戸時代最後の年(1867年)のパリ万博にも参加しましたが、"日本館"ではなく"徳川館"、"薩摩館"、"鍋島館"の集合体のような妙な出展の仕方でした。そして時は流れ、明治33年、1900年のパリ万博の時には、中国やロシアと戦えるくらいのまぁまぁの工業国として参加しました。
ところがこのとき、"飛び入り"で勝手にパフォーマンスをやった男女がものすごく評判になる、というハプニングがありました。男は川上音二郎、女は彼の妻の貞奴といい、日本では自作自演の"オッペケペ節"ですでにスーパースターでした。しかし、調子に乗った音二郎は、衆院選に出馬して二度落選しスッテケテになり、小さいボートで日本を脱出しようとしてまた失敗し、漂流の末、淡路島にたどり着きます。そして再び計画を練り直し、結局サンフランシスコに行って"ハラキリ・ショー"で金を稼ごうとするのですが、夫婦とも餓死寸前で、鬼気迫る演技で大評判を取りました。特に貞奴は、長い黒髪を振り回しながら狂ったように踊り、のどを突き刺して倒れるという迫真の演技で、シカゴ、ロンドンからも出演依頼が殺到したそうです。そして、ロンドン公演中にパリで万国博があることを知った二人は、パリの万博会場でいきなり無断公演をやらかすのですが、これがまたメチャ受け、アンドレ・ジイドやドビュッシーなどが絶賛します。特に貞奴の人気は大変なものとなり、ロダンもモデルになってくれと頼みに来るのですが、貞奴は断わっています。その後、音二郎と死別した貞奴は福沢諭吉の娘婿、福沢桃介と暮らし始めるのですが、この桃介は、木曽川の流れを止めることに成功し関西電力の前身となる大同電力を築いた、"電力王"と呼ばれた人物です。
こういう人生を送った貞奴って、なんかオノ・ヨーコみたいですね。

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No265 ゴックン

けっこう華々しくデビューしたサルコジ大統領も、オバマさんなんか出てくるとぶっ飛んじゃった感じがしますが、それでもサルコジがこの間テレビで超うるさ型のジャーナリストと対談しているのを見てますと、よく頑張っているなと思いました。話の内容はともかく(私はほとんど興味無いし)、態度や話し方などでは圧倒的にジャーナリストたちに勝っていたと思います。ミッテランもシラックもそうでしたが、大統領になると(すごくおけいこもするんでしょうが)人間にメチャ貫禄が出てきて、別人のように成長します。
ところが、うちのタローなんかマンガばっかり読んでてちっともお勉強しないし、ちょっとしかるとすぐふてくさってぶっきらぼうな返事するしで、せいぜいPTAの会長くらいのカンロクしかありません。しかもその子分の大臣はもっとひどくて、大酒くらって酔っ払って記者会見に出てくるし、飛行機代に四千万も使ってたし…。すぐ辞めちゃいましたが、その元大臣曰く、風邪薬がガーッと効いてきましてお酒はたしなみましたが、ゴックンはしてません
このガーッとかゴックンて一国の大臣のボキャブラリーですかね。酔っ払っていなくても日本語十分ヘタですよ、この人もアソーも。サルコジとかオバマとまではいいませんが、せめて小泉先輩くらいのレベルまでは練習してほしいものですね。
まぁしかし、これらの三流人間を議員として選んだのは、国民の皆さんです。アホが国をとりしきっているというのは、国民がアホの素ということです。年中マンガ読んで酒飲んで暮らしている国民の姿を、しっかり反映しちゃってるんですよね。ここいらで一度シヴィアに選びなおしてみませんか、かしこい政治家を。でなければいっそ、役所広司あたりが首相になって、自分はあの何と言いますか少々勉強不足なものですからとか言ってるのを聞く方が気持ちがいいですよ、きっと。

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No264 エスカルゴの話

マツザカといえば、ケイ子、デパート(松坂屋)、ウシ(松坂牛)、そしてエスカルゴなんですよね。フランス料理で食べるあのエスカルゴの完全養殖に世界で初めて成功し、牧場を作っているのは、三重県の松坂だけだそうです。
フレンチで使うエスカルゴの中で、身が灰色(グリ)のやつ(大粒はグロ・グリ、小粒はプチ・グリと呼ばれています)はほぼ全部養殖なんですが、最も珍重されているエスカルゴ・ド・ブルゴーニュは、生殖率が低く飼育期間が長い(3)ので、本場のブルゴーニュでも半養殖にしか成功しておらず、絶滅の恐れがあったそうです。そこでフランス政府はエスカルゴ・ド・ブルゴーニュを保護動物()に指定し、解禁期間以外の密猟者には750ユーロ(十万円くらい)の罰金を課することにしました。エスカルゴなんかいなくなっても私はそんなに淋しくありませんが、フランス人は確かにこれ好きみたいです。
そもそもエスカルゴというのは、(少なくともヨーロッパにおいては)人類が食用にした最初の食べ物の一つだったようで、クロマニョン人の住居跡(フランス)などから大量に殻が出てくるそうです。人間が一番最初に飲んだアルコール飲料はワインだったらしいですから、フランス人てゆうのは原始時代からグルメだったんですかね(ミシュランの星付き洞窟とかあったのかな…)
ところで、密猟者さんとか日本のデンデン虫を食おうとするいやしい人とかは、みんなお腹が痛くなりますので注意。自然の中で取ってきたやつは、1週間ほど絶食させて、腸(ってあるのかな?)の中をきれいにしないといけないそうです。その後、塩とか灰をかけてイッキに殺すんですが、その時“キュッ”と小さい悲鳴をあげて皆死んでいくそうです。アーメン。

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No263 遠い世界に

駅の反対側とか川の向こう側って、ちょっと雰囲気が違いますよね。小さい頃、通ってる小学校が違うだけでも、別の人生を歩んでいるような気がしませんでしたか。これが電車一駅分となると、もう完全に別世界です。人間の顔つきやしゃべり方まで違うように見える…しかも、こういったはっきり定義できないふわふわの違和感というのは、10年たっても20年たっても全然変わらず、しぶとく残ると思いませんか?オーサカは永久に遠いって…
おとなりの韓国だって、ヨン様ひとりで30%くらい身近にしたかもしれませんが、先方さん達は2%くらいしか歩み寄ってくれないので、実際にはそれほど近づいてないと思います。
ましてや日本とフランスの距離なんて、月とスッポン(←この使い方は間違いです)くらい、そして山下さんとこのおばあちゃんの耳くらい遠いままで進行しているような気がします。パリに何回も旅行に来た人や、しばらく住んだ人ももう何十万人もいるだろうし、居酒屋とかでワインも普通に飲むようになったし、フランス人さん達もすしとかラーメンけっこう食べるようになったのに、東京-パリ間の心の距離はやっぱり9730kmのままです(この30年で9700kmくらいにはなったかも知れませんが)
1913
年にフランスへ行きたしと思えどフランスはあまりに遠しと書いたのは萩原朔太郎ですが、これって永遠の(象徴的)真理です。行きたい生きてみたけどに代えても、なおかつ真理であるような気が私はしています。

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No262 雨ニモマケズ

最近銀河鉄道といえば、ほぼ全ての日本人にとって”999(スリーナイン)”になっちゃいましたけど、家元さんは宮澤賢治ですよね。例の雨ニモ風ニモ負けない丈夫な人です。しかもおばあさんの稲の束を背負ってやったり、ケンカを止めに行ったりする、かなりおせっかいな人です。
で、トートツなんですけど、この賢さんという人の生き方やものの考え方って、何となくフランス的だよなぁと私は感じています。本当はポーランドとかハンガリーの農民みたいと言う方が近いのかもしれませんが、私はそのあたりの人をあまり知らないので、まぁフランスでも似たようなものか、といういい加減な気持ちも少しあって、フランスということにしておきました。ま、ともかくボクトツなんですよね、この人達。他人をだましたり有名になろうとしたりしない田舎者で、朝から晩まで、そして毎日、結局一生、ずぅっと同じことを繰り返して生きてゆくのが人間(生命)というものだ、みたいな、強いのか弱いのかわからないパワーを感じさせられます。
伝統的には大半の日本人もそうだったような気がするんですが、いつの頃からか日本は頑張らなくっちゃダメ努力して進化(変化)しない奴はオチコボレ、みたいな考え方が絶対正しいてゆうことになっちゃいましたよね。ところが、ケンさんとかフランス人のベルナール()君とかは ミンナニデクノボートヨバレ / ホメラレモセズ / クニモサレズ / サウイウモノニなりたいなぁって言うんだから、すごいっすよね。
私はこれ、(今は)大賛成です(少し前までは頑張らなくっちゃ派でした)

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No261 クロワッサン

クロワッサンはかない。これだけで「ホントそうよね」と言ってくれる人がいましたら、あなたと私の足の小指は赤い糸で結ばれています。いつか朝食でも一緒に取りましょう。ともかく、クロワッサンに関しては、軽いとかやわらかいとかもの足りないとかいういかなる形容詞よりも、はかないがピッタリくる、と私は思っています。1個では足りないが、2個食べると感動が薄れてしまう。だからうすく三日月形のまま半分に切って、1個半食べる。一応これが基本なのは、皆さんも御存知だと思いますが、その半分のやつを食べ終わった瞬間に、ドーンはかなさを感じたことはありませんか?あぁ、こんな気持ちを味わうんだったら恋なんかしなきゃよかった、でも短いけど楽しい夢を見させてもらったわ、みたいな、少々投げやりなノスタルジーを含んでいるのですが、たとえばたこ焼きとかソーメンを食べた時のもうちょっと食べたいなとは全然異質な感覚だと思います。クロワッサンの場合は、食べなきゃよかった””私はバカだった””もう二度と食べないという言葉が、歯にくっついた薄い破片と同じようになかなか取れなくなってしまうので、カフェオレやミルクティーと一緒に飲み込んでしまおうとするんです。それなのに、また私は1ヶ月後くらいにクロワッサンを買ってしまうに違いありません。そのはかなさがまだ存在し、それを感じられる自分自身の存在を確認してみるためだけに…

            「クロワッサンは高貴なる試練である」
                   -校長名言集より-

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